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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17391号 判決

東京都港区三田四丁目一五番三五号

ウインザーハイム三田一〇三

原告

株式会社タイムスエンジニアリング

右代表者代表取締役

田口保男

右訴訟代理人弁護士

石川幸吉

札幌市中央区北一条西二丁目二番地の一

被告

北海鋼機 株式会社

右代表者代表取締役

小原信二

右訴訟代理人弁護士

廣井淳

廣井喜美子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙目録一記載の各特許権につき、特許庁に、原告を専用実施権者として、存続期間 本特許権の存続期間中、地域 日本全国、内容 全部とする専用実施権設定登録手続をなし、平成五年一月三〇日から右登録手続完了にいたるまで、一日当たり金一万六六六〇円の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成五年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

原告は、土木建築に関連する工法、器材、資材の設計等を主たる目的とする会社である。

2(原告被告間の合意)

原告と被告との間に、昭和五九年一〇月一日、次の約定で技術提携に関する合意が成立した。

(1)  被告は原告に対し、当時出願中であった別紙目録一(2)記載の発明及び技術提携期間中に出願が予定されていた別紙目録一(1)記載の発明(以下、これらを「本件各発明」と総称する。)にかかる各特許権について、特許権の権利登録がなされると同時に、存続期間を特許権の権利存続期間中、地域を日本全国、内容を全部とする専用実施権を設定する。

(2)  被告は原告に対し、右各特許権につき、第三者に対する実施許諾権限を含む専用実施権限を設定する。

3(登録)

別紙目録一(1)記載の特許権は平成四年一月二〇日、同目録(2)記載の特許権は同年三月三〇日、それぞれ設定の登録がされた(以下「本件各特許権」という。)。

4(被告の債務不履行)

原告は、昭和五八年四月ころから、超耐久性PC鋼材に関する技術開発を目的とする研究グループ(以下「原告グループ」という。)の事務局を務めていたところ、被告が原告のため本件各特許権の専用実施権設定登録手続を行わないので、原告グループの会員に対し本件特許権についての実施許諾を行うことができなかった。

原告は、原告グループの会員に対し、本件特許権についての実施許諾を行うことにより、少なくとも月額五〇万円の実施許諾料を得ることができるから、一日当たりの実施許諾料相当損害金は、一万六六六〇円となる。

5(不法行為)

原告は、昭和六二年三月一二日、黒沢建設株式会社に対し、本件各発明の実施を許諾し、その技術を実施させてPC鋼撚り線についての市場と関連技術の開発を行ってきたところ、被告は、平成元年五月ころから、黒沢建設に対し、原告を誹謗する虚偽の情報を流布し、同年七月、原告と黒沢建設間の右契約を破棄させ、更に原告が黒沢建設の実施を通じて開発したPC鋼撚り線についての市場を奪取しようとしている。

被告の右行為は、債権侵害を構成するもので、原告は、原告と黒沢建設との右契約が解約となったことにより、黒沢建設から得べかりし本件各発明の実施許諾料一八〇〇万円を喪失したほか、信用を毀損された結果五〇〇〇万円を下らない損害を被った。

6(結論)

よって、原告は、被告に対し、前記合意に基づき、特許庁に対し原告のため本件各特許権についての専用実施権設定登録手続をなすこと及び本件訴状送達の日の翌日である平成五年一月三〇日から右登録手続完了にいたるまで、一日当たり一万六六六〇円の割合による実施許諾料相当損害金の支払いを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記5の損害額の内金二五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成五年一月三〇日から支払済みにいたるまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、被告が原告に対し、本件各特許権につき専用実施権を設定する旨の合意が成立したことは認め、その余の事実は否認する。

原告と被告間で、昭和五九年一〇月一日に合意したのは、次の内容の専用実施権設定契約である。

(1) 被告は、原告に対し、本件各特許権及び別紙目録二記載の特許権につき専用実施権を設定する。

(2) 原告は、被告が承諾した場合、第三者に対し、右各特許権につき通常実施権を設定することができる。

(3) 原告及び被告は、速やかに専用実施権設定登録手続を行う。

(4) イニシャルロイヤルティは無償とし、ランニングロイヤルティは純売上高の三パーセント(販売開始後二年間は一パーセント)を限度とする。

(5) この契約は昭和五九年一〇月一日から効力が発生する。

(6) この契約の有効期間は二年とし、原告及び被告のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがなければ、引き続き自動的に二年延長する。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実中、原告グループの存在、原告がその事務局を務めたことは知らない。原告が、原告グループから、主張のとおりの実施許諾料を得られることは争う。

原告が本件特許権につき第三者に実施許諾するときには被告の承諾を要する約定であったところ、原告からその承諾を求められたこともなく、被告はその承諾をしていない。

5  請求原因5の事実は否認する。

前記のとおり、原告が本件特許権につき第三者に実施許諾することについて、被告は承諾を求められたこともなく、承諾もしていない。

三  抗弁

1(契約の有効期間)

原告と被告は、昭和五九年一〇月一日、前記契約を締結した際、有効期間を二年とし、原告及び被告のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申入れがなければ、引き続き自動的に二年延長する旨を約した。

右契約は、昭和六一年九月三〇日で終了すべきところ、原告と被告のいずれからも変更の申し入れがなかったため、昭和六三年九月三〇日まで右契約が延長され、さらに同様に平成二年九月三〇日まで右契約が延長された。

2(契約の終了)

(一)  被告は、原告に対し、平成二年一一月二一日、本件契約を平成四年九月三〇日限り終了したい旨の変更の申入れの書面を差し出し、右書面はそのころ原告に到達した。また、被告は、原告に対し、平成四年六月二三日、内容証明郵便により、本件契約を平成四年九月三〇日限り終了したい旨の変更の申し入れをし、右内容証明郵便はそのころ原告に到達した。

(二)  右変更の申入れにより、本件契約は平成四年九月三〇日限り終了した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2(一)の事実は認め、同(二)は争う。

本件合意は、その有効期間中原告の専用実施権が存続するという趣旨の合意ではなく、その有効期間中に開発出願された技術について、権利の有効期間中存続する内容の専用実施権を設定する旨の合意であるから、本件各発明の出願時において右合意が有効であれば、被告は専用実施権設定登録をすべき義務がある。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  専用実施権設定登録手続請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  原告と被告が、昭和五九年一〇月一日、本件各特許権について専用実施権を設定する旨の合意をしたことは当事者間に争いがなく、この事実に、いずれも成立に争いがない甲第一四号証、甲第一五号証、乙第一号証、乙第一一号証、証人六車熙、同箱崎尊哉の各証言、原告代表者尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和五八年秋ころから、原告の紹介で、京都大学の六車熙教授から、アンボンドPC鋼棒の防錆技術の開発について技術指導を受けていたが、その過程で、同教授が流動浸漬粉体塗装法という防錆技術がPC鋼棒のみではなくPC鋼撚り線など他のPC鋼材や他の付属定着装置すべてに応用できることに気付き、被告の技術者にその実験をさせたところ、被告の技術者の予想に反し、同教授の期待した効果が得られた。六車教授は被告に右技術について特許出願するよう勧めたが、被告は、PC鋼撚り線の分野に進出する予定もなく、また、技術は同教授の発想であるところからこれを固辞し、同教授も日頃の信条から自らの権利として出願すべきでないとの考えであった。

そこで、原告、被告及び六車教授の間で協議の結果、右技術については二つの発明として被告が特許出願するとともに、当時既に被告が特許を得ていた別紙目録二記載の権利をも合わせて原告に専用実施権を設定し、右技術の開発、企業化にあたることとなり、昭和五九年一〇月一日、原告と被告は、六車教授の立会いのもとで、「合意書」(乙第一号証、以下「本件合意書」という。)により契約を締結した。

(二) 本件合意書の内容は、次のとおりである。

(1) 被告は、別紙目録二記載の特許権について、原告に対し、専用実施権を許諾する。

(2) 被告は、本件各発明にかかる特許を受ける権利についても、原告に対し、右権利確定後(1)と同条件で専用実施権を許諾する。

(3) 原告が右各権利を第三者に再実施させる場合は、被告の了解を得るものとする。

(4) 原告と被告は、速やかに、専用実施権設定登録手続等所定の公的手続を行う。

(5) イニシャルロイヤルティは無償とし、ランニングロイヤルティは純売上高の三パーセント(販売開始後二年間は一パーセント)を限度とする。

(6) 本件合意書の有効期間は二年とし、原告及び被告のいずれかから期限三か月前までに変更の申入れがなければ、引き続き自動的に二年延長するものとする。

(三) 本件合意書は、原告代表者が起案し、被告においては顧問弁護士である廣井淳弁護士に相談のうえ、社内で検討の結果、調印したものである。

なお、本件合意書による契約の締結当時、別紙目録一(1)記載の発明については出願準備が整い、同年一〇月八日に出願予定であるものと原告、被告間で認識が一致していたが、現実には昭和六〇年六月一二日になって出願されたものである。

2  右認定の各事実によれば、本件合意書は、被告が原告に対し、当時すでに登録されていた別紙目録二記載の特許権、並びに当時出願中であった別紙目録一(2)記載の発明及び当時出願予定であった同目録(1)記載の発明につき、専用実施権を設定することを約したもので、本件各発明については、特許権の登録手続がされ次第、速やかに専用実施権設定登録手続をなすことを約したものと解される。

なお、原告は、本件合意書は技術提携の合意であると主張し、原告代表者尋問の結果中には、本件各発明については、権利確定後本件合意書とは別に専用実施権設定契約を締結する趣旨であった旨の部分があるが、本件合意書である乙第一号証を詳しく検討してもそのような趣旨を窺わせる文言はなく、実際にもそのような契約が締結されたり、そのための交渉がされたことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告代表者尋問の結果により認められる、当時すでに登録されていた別紙目録二記載の特許権についても本件合意書とは別に専用実施権設定契約が締結されていないことからすれば、右部分はたやすく信用できず、本件各合意書をもって本件特許権について専用実施権設定契約が締結されたとの右認定を左右するに足りない。

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四1  右二1(二)(6)の事実に、前掲乙第一一号証及び証人箱崎尊哉の証言を総合すれば、本件合意書の有効期間は締結から二年間であり、変更の申し入れがない限り、更に二年ずつ自動的に更新されるが、原告又は被告のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがあれば、その期間満了をもって終了するとの合意が本件合意書の内容として原告と被告の間でなされたものと認められる。

そして、弁論の全趣旨によれば、本件合意書の効力が発生した昭和五九年一〇月一日から二年後には原告と被告のいずれからも変更の申し入れがなかったため、昭和六三年九月三〇日まで右契約が延長され、次いで同様に平成二年九月三〇日まで右契約が延長され、更に同様に平成四年九月三〇日まで右契約が延長されたことが認められる。

2  抗弁2(一)の事実は当事者間に争いがない。

したがって、本件合意書に基づく契約は、平成四年九月三〇日限り終了したものと認められる。

3  原告は、原告の専用実施権の存続期間は本件各特許権の存続期間中であり本件合意書の有効期間とは無関係である旨主張し、原告代表者は、その尋問において、本件合意書に有効期間を二年と記載したのは、二年後に見直しをしようという趣旨で、専用実施権の存続期間とは無関係であり、専用実施権は、公告から一五年または出願から二〇年のいずれか短い方の期間、すなわち特許権の存続期間である旨を供述し、原告代表者作成の陳述書である前掲甲第一四号証にも同旨の記載があり、証人六車熙の証言中には、本件合意書の有効期間が過ぎたら専用実施権を設定させなくてもいいという趣旨ではないとの部分がある

しかしながら、本件合意書の文言からすれば、本件合意書の内容である専用実施権の期間が二年で、一方当事者の申出がなければ更新されることは明らかである。しかも、原告代表者が本件合意書作成から二年後あるいはその後二年毎の更新時に、具体的に合意の見直しをしようと積極的な行動を起こしたことを認めるに足りる証拠はないから、本件合意書の有効期間を二年とする旨の記載を原告代表者の右供述のように解することはできない。また、証人六車熙の証言中の本件各発明の専用実施権の期間については特に聞いていない旨の部分に照らせば、原告代表者尋問の結果中、専用実施権の期間に関する部分もたやすく信用できない。

なお、本件各発明が、直ちに商業的に実施できるほどに充分に開発された技術であるか否かは本件証拠上必ずしも明らかではなく、仮に実施までになお開発、研究を要するとすれば、二年の期間は一般論としては、専用実施権の期間とみるには短いとも考えられるが、本件合意書が、前記二1(一)、同(二)(6)認定のとおり、被告と六車教授の互譲の結果成立したものであり、自動的な更新(延長)のための条項を含むものであったこと、現に自動更新されて八年間存続していることからすれば、本件合意書に明記された期間を専用実施権の存続期間と解して不自然とはいえない。

4  したがって、本件合意書に基づく契約の終了により、原告の専用実施権の存続期間も終了したものと認められる。

五  以上によれば、原告の本訴請求中、専用実施権設定登録手続を求める部分は理由がない。

第二  実施料相当損害金請求について

前記第一のとおり、本件合意書に基づく専用実施権設定契約は、平成四年九月三〇日限り終了したものと認められるから、平成五年一月三〇日以降の実施料相当損害金の支払いを求める本請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三  損害賠償請求について

前掲甲第一四号証、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、甲第一一号証、いずれも原告代表者尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第四号証、甲第五号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告は、昭和六三年一月二〇日、黒沢建設の子会社である黒沢商事株式会社に対し、本件各発明の実施を許諾しその技術を実施させてPC鋼撚り線についての市場と関連技術の開発を行ってきたこと、平成元年ころ、原告と黒沢建設間に紛争が生じて、原告と黒沢商事間の右契約が解消されたことが認められる。

原告は、被告が黒沢建設に対し、原告を誹謗する虚偽の情報を流布し、その結果原告と黒沢建設間の契約を破棄させたことによるものであるなどとして、被告の右行為は、債権侵害を構成する旨主張する。

しかしながら、原告は、被告がどのような原告を誹謗する虚偽の情報を流布したのか、不法行為にあたるべき事実について具体的な主張立証をしない。

してみれば、原告の右請求は理由がない。

第四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 高部眞規子 裁判官 櫻林正己)

目録一

(1) 出願年月日 昭和六〇年六月一二日(出願番号六〇-一二六一六六)

出願公告年月日 平成二年一二月一七日(出願公告番号二-六〇五〇四)

登録年月日 平成四年一月二〇日

登録番号 第一六三四六四〇号

発明の名称 PC鋼より線のアンボンド加工方法

(2) 出願年月日 昭和五九年四月六日(出願番号五九-六七四七九)

出願公告年月日 平成三年一月一四日(出願公告番号三-二〇二三)

登録年月日 平成四年三月三〇日

登録番号 第一六四九四八六号

発明の名称 PC鋼より線アンボンド加工方法

目録二

出願年月日 昭和四七年三月六日(出願番号四七-二二九六四)

出願公告年月日 昭和五一年九月六日(出願公告番号五一-三一二二六)

登録年月日 昭和五二年四月二八日

登録番号 第八五八〇四六号

発明の名称 PC鋼撚線の製造方法

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